本記事は、私がアメリカで親子一緒に海外生活を体験し、家族全員でカルチャーショックに右往左往した“リアルな記録”です。
父の転勤について家族まるごとやってきたアメリカ。到着した初日こそワクワクでしたが、翌日からは「こんなに違うの!?」の連続。
私も母も、心が折れそうになったこと、涙した場面、ぶつかった思春期の壁、一つずつ乗り越えるたびに“家族でいてよかった”と実感できる瞬間がありました。
ありきたりな異文化エピソードではなく、「どんな風につまずいて、家族でどんな知恵を出し合ったのか?」に一歩踏み込んでご紹介します。
「何を言っているか、全然わからない」──学校生活の洗礼

私が現地校のドアをくぐった初日、母の顔を見て思わず涙がこぼれました。
担任の先生から次々と英語で質問され、周りの生徒に“Are you new here?”と声をかけられても、言葉が出てきません。「Yes」と小さく答えるだけで精一杯で、教室の空気にただ圧倒されました。
アメリカの授業は、みんなが積極的に手を挙げて発言し、間違った時も「それ面白いね」と笑いが起きます。日本の「間違えないのが正解」ではなく、「自分から前へ出ないと存在しないような気がする」…。
夜、母と一緒に日本語で今日の出来事を一つずつ整理する時間がなければ、「もう無理」と思っていたかもしれません。
母は「聞き取れなくて当たり前よ」と笑い、「今日は何が一番わからなかった?」と、毎晩一つだけエピソードをノートに書き出してくれました。その習慣が私の“自分なりの進歩”を実感できるささやかな励みでした。

やはり、最初の数ヶ月は本当にしんどく、思い出したくありません笑 ただ、それさえ乗り越えられれば、その後は楽しい毎日でした!
挨拶は“Hi”だけ!? 距離感の違いに戸惑う

「ご近所には最初にごあいさつしよう!」と母と二人で手作りクッキーを持参して隣家を訪ねた日。
でも、思ったよりも反応が薄く、あっさり玄関を閉められたときはショックでした。母と帰り道を歩きながら、「何か失礼だったのかな」と、小声で打ち明けあいました。
でも週末に外で会った時、「Hi, how are you?」と明るく声をかけてくれたお隣さん――そのカラッとした笑顔に、アメリカ流の“適度な距離感”があることを少しずつ理解できるようになりました。
以前よりも、「ご近所とべったり付き合わないといけないわけじゃない」と、母も肩の力を抜いて生活できるようになった気がします。

挨拶はするけれど、ドライな関係性が気楽でした!
スーパーで戸惑う“量と選択肢”の多さ

休日に母と出かけたスーパーのシリアル売り場。パッケージの派手な色使いと、何列にも広がる種類にただ呆然。
日本の“いつものパン”や“ヨーグルト小パック”はどこにもなく、店員さんに尋ねる勇気もありませんでした。最初は買いすぎて食材を無駄にしたり、「違う味だった」と落ち込んだり。母と一緒に“わからない英単語”をメモ帳に書いては、帰宅後に日本語で調べるのが日課になりました。
失敗も今では「家族だけの笑い話」。冷蔵庫に入りきらない牛乳や、間違って買った激辛スナックを家族で挑戦した日。「これも全部、私たちの宝物!」と母が笑った時、やっと異国の生活を少し誇れるようになりました。

アメリカのスーパーは全ての食材が大量、ビッグサイズで驚いたのを覚えています。
英語での病院通いに冷や汗

アメリカに来て2か月目、突然高熱を出して寝込んだ時のこと。
母も私も、現地の小児科の予約方法ですらわからず、「保険証はこれでいいの?」「名前の綴りは…」と受付でモタモタ。英語で症状を答えようとして固まる私の隣で、母が血相を変えてスマホの翻訳アプリと必死に格闘していました。
その夜、「今日聞かれた英語フレーズ」を母と一緒にメモしてみることに。“Sore throat”“Chills”“Fever”——こうした医療英語をちょっとずつ家族で暗記していく時間は、親子のつながりを深くすると同時に、「備えの安心」を私たちに与えてくれました。
子どもが感じた“違和感”と親のフォロー

最初の2か月は、毎晩家で泣きながら「今日は誰にも話しかけられなかった」と訴える私に、母は決して無理に励まそうとはしませんでした。
時には二人で黙って日本のアニメを見たり、おにぎりを一緒に作ったり、小さな日本の習慣を大切に守ってくれました。
ある日、母が「今日も一日よく頑張ったね」と夕飯の後に言ってくれたひと言が、本当に心強かったです。私の変化を焦らず、一緒に歩んでくれる家族の存在が、「自分はひとりじゃない」と思える最大の支えでした。
——しばらくして、クラスメートから“Nice shirt!”と言われ、自信が少し戻った出来事をきっかけに、小さな壁を越える楽しさを知りました。
カルチャーショックは悪いことじゃない

帰国後もずっと覚えているのは、「カルチャーショック=悪い出来事」ではなく“家族の宝物”だということ。
困った時に誰か家族が必ず隣にいて、みんなで「これでいいのかな?」「ま、いいか!」と笑い合える。
この経験を、今も何か新しい挑戦にぶつかるたびに思い出します。カルチャーショックは、家族が同じ“方向”を向くための、かけがえのない時間だったと心から思います。

新しいことに驚き、受け入れる、その繰り返しが自分を強くしてくれたと思います!
まとめ:違いを楽しむ“心の柔軟体操”を
海外生活は、驚きや戸惑いの連続。でも、家族でぶつかるからこそ強くなれた私たちの日々があります。
異文化の壁は決して一人で越える必要はありません。家族一緒なら、きっとどんな困難も“いつか心の糧”にできるはず。もしあなたが今、異国の地で悩んでいるなら、まずは家族で小さなことを話し合ってみてください。
そして「わからない、できない」を一緒に楽しんでみてください。家族の絆は、どんな文化の違いも優しく包み込んでくれます。
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